ベーシックインカムと言えば、すでに実証実験を行なったフィンランドや、国民投票を行なったスイスが有名でしょう。他にもヨーロッパではフランス、ドイツ、イギリス、イタリア、オランダなど複数の国がベーシックインカムについて議論を行なっています。本記事では、その5ヶ国を取り上げ、ベーシックインカムに関する取り組みや姿勢をご紹介します。
目次
ベーシックインカムの導入検討国が多いヨーロッパ
ベーシックインカムとは、政府が国民に基本的な所得を保証する制度のことを差します。導入のメリットは、働き方の多様化・金銭的不安の解消・ブラック企業の軽減などが挙げられます。(ベーシックインカムの基本的な情報に関しては、以下の記事をご覧ください。)
働き方が自由になると、1日のうちで労働に費やす時間が少なくなり、趣味に遣うお金や時間が増えるかもしれません。金銭的不安がなくなることで、これまで挑戦できなかった仕事ができるようになるかもしれません。ベーシックインカムによって、個人の生活にこのような変化が生まれるでしょう。また、国全体の経済活動が活発になることが期待されます。
伸びない経済と、続く失業率の高さが原因
現在、ヨーロッパは、まさに経済活動を活発化させたい状況にあります。過去5年間の実質GDPを見てみると、EUとしては2%前後をキープしています。一方で、国別に注目してみると、2%を大きく下回っている国も。
ヨーロッパの失業率は、経済成長率以上に大きな問題です。日本が3%前後で推移しているのに対し、5%はおろか50%を超えている国もみられます。特にイタリアは数年間、経済成長率・失業率ともにかなり困難を強いられていますね。
このような経済状況背景を踏まえ、各国はベーシックインカムの施策に取り組んでいます。次章から、国別の取り組みを解説していきます。
2017年から導入真っ最中のフィンランド
フィンランドは、国全体でベーシックインカムの実証実験を行なっています。この実験で得られた知見は2019年まで発表しないとのことですが、実験は予定通り終了するようです。
ベーシックインカムの実験導入
フィンランドは、2017年1月1日からベーシックインカムの実験を開始しました。期間は約2年。支給額は560ユーロ(日本円にして71,546円*)。2018年の12月までを予定し、導入をスタートさせました。失業者のうち2000人を対象に支給を行なっています。
開始後4ヶ月の受給者の反応は悪くなかったとのこと。金額はさほど大きな額ではないものの、支給によって、日々の金銭的ストレスが緩和されているようです。お金にビクビクすることがなくなり、自分の望む働き方ができることが見込まれています。
*2018年8月22日のレートを基に算出
「延長はしない」と発表
昨年の1月からスタートした、フィンランドのベーシックインカム実験は、残り約半年を迎えました。今後の動向が注目されていましたが、フィンランドは、ベーシックインカムの実験延長はしないと発表しています。ベーシックインカムのための財源確保が立ち行かなかったようです。確かに、働かなくてもお金をもらえる場合、支給金をどこから生み続けるのか疑問です。
スイスでのベーシックインカム議論は否決の結果に
スイスでは、国が新しい制度や法律を作る際は国民投票を行います。ベーシックインカムの導入は、国民投票の結果否決されました。では、なぜスイス国民は定期的にお金がもらえるのに否決を選んだのかを紹介します。
スイス国民投票の否決の理由
スイスでのベーシックインカムに関する議論に対して、2016年6月5日に国民投票が行われました。結果は否決。70%を超える大多数が反対票を投じました。考えられる理由としては、以下が挙げられます。
- 財源の確保
- 働くモチベーションの低下
- スイスに移民が増えることの懸念
- 生活保護受給費の方が金額が高い
フィンランドのケースでも課題だったように、財源の確保は長期的な課題です。また、働かなくても一定のお金を得られるため、働こうとしない人が出てくる可能性があります。また、スイスのベーシックインカムの支給額は2,500スイスフランを予定していました。日本円にして、280,226円*。いくらスイスの物価が高いとはいえ、羨ましい金額です。
なんなら「スイスで暮らして、ベーシックインカムを受給しながら暮らしたい」と、私と同じように考える外国人が増えると、スイスは移民で溢れてしまいます。その点も懸念されていたようです。
*2018年8月22日のレートを基に算出
チューリッヒでは初の導入計画
スイスの国民投票は否決されたものの、地方ではベーシックインカムの実践に向けて動いている場所があります。チューリッヒにあるライナウ村です。主導となるのは、ラルフ・モーザー氏やレベッカ・パニアン氏、ジェンス・マルティグノーニ氏。2019年の導入に向けて、計画を進めているようです。金額は同様に2,500スイスフラン。
パニアン氏は「自由を得ることで、怠け者になるのか、より自発的に働くようになるのか。この実験で住民がどんな行動を取るのか知りたい」と話す。
出典:チューリヒ州のライナウ村、ベーシックインカム試験的導入へ スイス初|SWI
ライナウ村の導入方法で面白い点は、収入に応じてベーシックインカムの返金が必要なところ。2,500スイスフラン以上の稼ぎがあった場合は、支給額を丸々返金し、自身の収入のみを受け取ります。しかし、稼ぎが2,500スイスフラン以下であった場合は、自身の収入を返金し、支給額を全て受け取ることができます。
「五つ星運動」が先導するイタリアの現状
五つ星運動(Movimento 5 Stelle)とは、イタリアのデジタル政党のこと。本部や事務所などを構える訳ではなく、全てをネット上に存在させるためにテクノロジーを活用しています。この五つ星運動は、ベーシックインカムの実現を公約として掲げています。この公約は、主にイタリア南部層の支持を集めています。
実は、イタリア南部はあまり治安がいい場所ではありません。南部は失業率が悪かったり、街は北部ほど美しくなかったりします。ローマやミラノ、ベネチア、フィレンツェなどの観光都市は全て北部に位置しています。
イタリア南部の、いわゆる貧困層にとっては、働かずにもらえるベーシックインカムの制度は魅力的。彼らの票が多く集まり、五つ星運動は実際に政権を手にしました。公約実現のため、近い将来イタリアではベーシックインカムが開始されるかもしれません。
イギリスは「ベーシックインカムよりユニバーサル・クレジット」?
イギリスでは、過去に浮浪者を対象にベーシックインカムの実験を行なったことがあります。3,000ポンド(日本円で426,546円*)を支給したそうです。
しかし、現在のところ、イギリスでベーシックインカムはあまり歓迎されていません。反対理由として、働くモチベーションの低下がその多くを占めます。とはいえ、本当にモチベーションは下がるものなのか。それでもやりたいことがあれば働くのではないか。
日本人の中には、ベーシックインカムというと「月数万円がもらえる制度」と考えている人も多いのではないでしょうか。支給金額は国や組織によってさまざまですが、スイスのように約30万円がもらえるパターンもあります。月数万円であれば、「もう少しお金が欲しいし働こう」となると思います。しかし、月30万円となると世帯規模にもよりますが十分に暮らしていける金額です。「無駄遣いはしないし、働かなくていいや」という考えになることも容易に想像できます。実際に、旧共産国のソビエト連邦でも、同様にモチベーションの低下が、結果として経済に大きな影響を与えたといわれています。
*2018年8月22日のレートを基に算出
代わりにユニバーサル・クレジットを整える
ベーシックインカムがイギリスで歓迎されていないもう一つの理由として考えられるのが、「ユニバーサル・クレジット」という制度。
ユニバーサル・クレジットは、既存の低所得層向け給付制度である所得補助、所得調査制求職者手当、雇用・生活補助手当(所得関連)、就労税額控除、児童税額控除、住宅給付を代替する制度
出典:新たな給付制度「ユニバーサル・クレジット」を発表―長期失業者に就労を義務化など、条件・罰則を強化|独立行政法人 労働政策研究・研修機構
無作為にお金を支給するのではなく、収入に応じて税金の一部を控除したり給付を行なったりする制度です。ユニバーサル・クレジットはOECDからの評判もよく、今後さらに制度の改良が見込まれます。
ヨーロッパ各国がベーシックインカムに対してさまざまな取り組みを行なっていることが分かりました。取り組み方法やその姿勢は多種多様ですが、なかなかスムーズに進んでいない現状が伺えます。
もし、日本で導入された時、あなたは働くモチベーションを保つことができますか?それとも働かない道を選びますか?ベーシックインカムのトピックは、自分が「何をしたいのか」「何のために人生を続けるのか」、今一度見つめるためのいい機会かもしれません。