リカレント教育とは、学び直しのこと。このリカレント教育は、日本政府が掲げる「人づくり革命」を達成するための会議「人生100年時代構想会議」で議題に登り、話題になりました。
平均寿命が飛躍的に伸び、100歳まで生きる人が増える「人生100年時代」がいずれ訪れると言われています。超高齢社会になると、65歳で定年退職してもまだまだ元気という扱いになるでしょう。そうなると、定年退職した先の40年ぐらい生きるための生活費を、働ける間に稼げるとは到底思えません。また、国の年金制度もいつまで続くか不安です。
長期的に働くためには、キャリアプランを主体的に作らなければなりません。加えて、能力や考えが時代遅れにならないようにしないといけません。こういった観点から、リカレント教育が注目されています。
本記事では、リカレント教育とはそもそも何なのか、日本になぜ必要なのかを紹介します。また、今働いている人が学び直しをするための課題や懸念点を解説します。
目次
リカレント教育=学び直し
リカレント教育のリカレント(recurrent)を直訳すると、回帰や循環という意味です。つまり、リカレント教育は、企業で働いている会社員や自営業、高校に通えなかった高齢者など全ての社会人が、教育機関に回帰してスキルアップを行うことを指します。自己啓発の一環とも言えます。
現在日本でリカレント教育のプログラムを提供している大学は、おおよそ10箇所あります。各大学によって提供しているプログラムの内容は異なりますが、大まかに履修証明プログラム、職業実践力育成プログラム、学位取得コースの3つに分かれています。
期間 | 該当プログラム | 内容 |
短期〜1年 | 履修証明プログラム | 短期間で一定のまとまった内容を学ぶ |
職業実践力育成プログラム(BP) | 実務に活かせる技能を身につける | |
長期 | 学位取得コース | 4年制大学・大学院(修士、博士)と同等の教育を受け、学位取得を目指す |
リカレント教育(recurrent education)は、1969年にスウェーデンの文相が国際会議で発表したのが始まりです。欧米では、OECD(経済協力開発機構)がリカレント教育を取り上げ、広まったそうです。
リカレント教育の目的は専門家ごとに意見が異なり、一概には言えません。ですが、市場と国の経済発展に関連していることは間違いないでしょう。40年以上働いていくなかで、市場のトレンドや技術がずっと変わらないなんてことはあり得ません。たとえば、スマホが登場しなければ、スマホアプリのエンジニア職は誕生しなかったでしょう。そういった新しいモノゴトに対応するには、学び直しが欠かせません。
日本政府が推進するリカレント教育とは
平成29年11月の「人生100年時代構想会議」において、具体的なテーマとしてリカレント教育が挙がりました。会議では、リカレント教育は「誰にとっても学び直し・やり直しができる社会」を作るための鍵であると位置付けられました。
①全ての⼈に開かれた教育機会の確保、負担軽減、無償化、そして、何歳になっても学び直しが できるリカレント教育
出典:人生100年時代構想会議|内閣官房 ⼈⽣100年時代構想推進室
何らかの事情で学びを諦めた人はたくさんいるでしょう。
- 母子家庭だったので、大学進学できなかった
- 親の介護で高校に行けなかった
- ずっとひきこもって教育を受けてこなかった
日本政府が推進するリカレント教育では、高齢者でも若者でも学びたいときに学べる環境が用意されています。その学びの目的もさまざまです。
今働いている人の学び直しは、キャリアアップになるでしょう。リーダーになるためにリーダーシップを学ぶ、国際的なビジネスを立ち上げるために国際経営学を学ぶ、など自分のキャリアプランを叶えるためのリカレント教育です。
また、親の介護、子育て、金銭的事情などで十分に学べなかった人は、就職のためにリカレント教育を活用できます。高校や大学、専門学校などで学び新たなスキルを身につければ、職業選択の幅が非常に広がります。
60歳以降でも、学び直しの機会があれば新たな分野にチャレンジできるかもしれません。人生100年時代と言われているので、老後でも新しいことができるとなると、夢が広がりますね。もし日本でリカレント教育の環境が整ったら、みなさんは何をしたいですか? 私は60歳までITエンジニアとして頑張り、その後は大学で心理学を学んで若い人のカウンセラーでもやりたいです。
日本でなぜリカレント教育が必要なのか
日本でリカレント教育はすでに始まっています。ですが、まだまだ利用者は少なく、整備が求められています。その背景には、日本の働く環境の変化があります。以下2つの変化が最もリカレント教育に通ずるのではないでしょうか。
- 終身雇用と年功序列制度の崩壊
- 学びのために、企業はお金を出してくれない
若い働き世代の間では、ずっと学び続けて成長していきたいと思っている人もいるでしょう。そういった人にとっては、リカレント教育はとても嬉しい教育制度でしょう。ですが、リカレント教育が求められる根本は、「ずっと学ばざるを得ない」環境・時代に差しかかってきているからではないか、と考えます。
終身雇用と年功序列制度の崩壊
終身雇用と年功序列制度は、2018年現在廃れ始めています。ソニー株式会社や株式会社電通など、名だたる大企業が廃止を発表しました。その一方で、2014年に会計不祥事が発覚し、経営難に陥った東芝は、早期退職者を募集せざるを得ない状況になりました。
つまり、大企業であっても終身雇用を維持できなくなってきているのです。
また、年功序列制度も廃止せざるを得ない状況です。企業にとって、高賃金でそれほど仕事をしない人を置いておくメリットは何もありません。ITの発達により、物価の安い国の人を雇うことも簡単にできます。たとえ大企業であっても、いつ経営難に陥るかわかりません。次の教育費とも関わってきますが、企業は投資に掛ける費用を縮小させていくでしょう。
民間企業が教育にお金を掛けなくなってきている
「人生100年時代構想会議」の資料によると、民間企業が一人に掛ける教育費は、1990年以降減少しているそうです。その一方で、厚生労働省が発表した「一般労働者の平均賃金の推移」を見てみると、平成9年度からほぼ横ばいです。
仕事に必要な学びのために、企業は投資してくれなくなったのです。では自己資金で賄うしかありません。ですが給料が上がる気配はありません。これでは終身雇用と年功序列制度が崩壊した実力主義の社会では、生き残っていけないでしょう。
このように働く環境が大きく変化した現代では、リカレント教育のような学びの場がないと働く人は生き残っていけません。労働者は老後を考えるまでもなく、10年後すら見えない状況に陥っています。
リカレント教育の課題
リカレント教育の導入が日本で検討されていますが、教育を受けるにあたってすでに課題が指摘されています。フルタイムで働く人が仕事のために学び直すには、2つの大きなハードルがあります。
- 企業が理解してくれるかどうか
- 仕事と学習をどう両立するか
誰にでも学びの場が開かれるのは素晴らしいですが、日本の産業・経済を支える労働者が抱える課題を無視できません。それぞれどのような課題なのかを解説します。
企業の理解が不可欠
リカレント教育を日本で広めるためには、企業の理解が不可欠です。企業がリカレント教育の実施で懸念しているのは以下の2点。
- 情報漏洩
- 人材の流出
企業の機密情報を知っている社員が社外で活動すると、情報漏洩するのではないかと懸念する企業がもちろん存在します。労働者が学び直しをするためには、企業が学び直しの必要性を理解してくれないといけません。就業規則の変更や新しい制度の立ち上げはとても時間がかかります。その労力を企業がかけてくれるでしょうか。
また、企業は人材の流出も懸念しているでしょう。大学のような場でさまざまな立場の人と交流できれば、視野が広がり新たな価値観を知ることができます。そうなるとリカレント教育を受講したことで、転職したい、新しいことを始めてみたいと思う労働者がいてもおかしくはありません。
人材の流動性が高まると「企業の成長率が上がる」とよく言われます。しかし、マネージャークラスの人がコロコロ変わるのは、どの企業も避けたいでしょう。人材の流動性が低い日本型雇用から脱却できるかどうかが、リカレント教育実施のキモなのではないかと思います。
仕事と学習の両立
限られた時間の中で働き、学び、休む・遊ぶのは、そう簡単ではありません。大学が提供する通信教育や夜間校もあります。しかし、学びのためには、休職して集中できる環境を作るのが最も良いでしょう。
働いている人の中には、自分でお金を出してでも学びたいけど時間がない、という人もいます。日本では、長時間労働が国の大きな問題になっています。働き方改革が進み、労働時間が減ってきています。ですが、Earth Labが「休みを取れているか」について行ったアンケートでは、社用携帯を持っていたので休みの日も電話がかかってきて休めなかった、という人がいました。
「働く」に稼ぐ・遊ぶ・学ぶを全て統合した「ワークアズライフ」という考え方がありますが、仕事と休みをきっちり分けたい人も当然いるでしょう。働く時間と学ぶ時間だけでなく、休む時間もしっかり確保できるかどうかが、リカレント教育に必要なのではないでしょうか。
リカレント教育は簡単に受けられるのか?
仮に企業がリカレント教育に賛同し、働きつつ、もしくは長期の休職を認めて学び直しができる環境を整えたとしましょう。それでも労働者にとっては簡単に学び直しできない事情があります。
仕事は、企業だけでなく、同僚との関わりも大事です。同僚にも配慮しなければいけません。
休職・長期離職した場合、職場復帰できるかどうか
休職して学び直しをした場合、スムーズに職場復帰できるかどうかが気になりますね。大きく分けて、スキル面と人間関係の不安があるでしょう。
- 離職していた間に、技術が大きく進歩していて追いつけないかもしれない
- 社内ルールの覚え直しが必要
- 学び直しでずっと座学だったため、手が鈍っているかもしれない
- 休職前に部下だった人が上長になっているかもしれない
- 新しいチームに馴染めるかどうか
- 自分の居場所が残っていないかもしれない
転職・再就職するための学び直しであれば上記のような不安は特に感じないと思います。しかし会社の発展のためにリカレント教育を受けに行った人が、復職に不安を感じてしまうと離職に繋がりかねません。承認した企業にとっても意味がなくなります。
リカレント教育を受ける前だけでなく、受け終わった後のサポートの整備も企業には求められています。
資金がない
日本女子大学のリカレント教育過程は、1年間(前期・後期)のカリキュラムが用意されています。
受験料から修了までの学費は、合計336,000円。修了までに必要な単位を取得するためには、最短で294時間。ひと月当たり24.5時間は確保しなければなりません。フルタイムでは難しいので、時短勤務制度を使ったり、休職したりする必要があります。
そうなると、収入が減ったり途絶えたりしている状態で上記の金額はすぐ対応できません。生活費と学費をコツコツと貯めなければいけません。
フランスやドイツなどの欧州の大学は、授業料無料の場合が多いです。リカレント教育は欧米ではすでに根付いているのに対し、日本ではまだまだ浸透していません。その背景には、大学の学費の問題があるのではないでしょうか。
リカレント教育実践例
本章では、リカレント教育を提供している大学とプログラムを紹介します。まだまだ数が少ないのが現状です。加えて、学べる分野もまだ少ないと言わざるを得ません。
大学は、少子化で入学者が年々減少しているという問題を抱えています。今後は学校経営のために、学びたいと願っている全ての人を受け入れる方向にシフトしていくでしょう。
明治大学
明治大学は、育児や介護で長期離職した女性や、キャリアアップしたい女性を対象に、職業実践力育成プログラム(BP)に認定されたプログラムを提供しています。また、このスマートキャリアプログラムは、国の補助金を受けられます。このプログラムの受講にかかる経費の最大70%が国から支給されます。
修了まで半年と、比較的短いコースなので、受講しやすいですね。学べる内容は主にマーケティングや財務。女性は、夫の転勤や出産、育児などで職場を離れる可能性が男性よりも比較的多いはず。仕事復帰に不安を抱えている人をサポートしてくれる嬉しいプログラムです。
- 大学、短期大学卒で就業経験のある女性
- 就業経験があり、個別の試験で大卒者・短大卒者と同等の学力を有すると認められた女性
京都女子大学
京都女子大学も、明治大学と同様女性向けのリカレント教育プログラムを提供しています。京都女子大学のプログラムの大きな特徴は、授業をやむなく欠席したら個別フォローしてくれるところです。
期間は半年と、比較的短いプログラムです。キャリア形成や組織マネージメント、マーケティング、ビジネス英語など幅広いプログラムの中から学びたい科目を選択できます。修了後は就職支援プログラムがあるため、仕事をしたい女性には心強いですね。
また、学内に保育ルームがあるので申請すれば子ども(6ヶ月〜未就学児)を預けることもできます。育児休暇中の人にとって、とても利用しやすいプログラムになっています。
- 大学、短期大学卒で就業経験のある女性
「働く」=学び|社会人大学という取り組み
働きながら学ぶため、国主導で行われているのがリカレント教育。この教育の根本には、学び直してキャリアアップやキャリアチェンジ、就職に活かすというテーマがあります。
では、「働く」と「学ぶ(学び直し)」が完全に一致したら一番嬉しいと思いませんか?
Earth Technologyでは「社会人大学」と名付け、「学ぶための働く」「働くための学び」の場を提供しています。
英語ができるけど、それだけしかない。英語ともう一つスキルが欲しい。
せっかく学んだ英語を実務レベルに引き上げ、海外で働きたい。
英語を使いたい、英語が得意な人にITインフラの研修を実施。ITインフラの基礎が身についたら英語を使う現場で実務経験を積みます。働きながらITを学び、英語を使うことで世界中どこでも活躍できる人材にステップアップできます。
興味がある人は、ぜひこちらのサイトをご覧ください。
リカレント教育は、チャレンジするには不安がつきまといます。企業も、従業員に学び直しを勧めるに勧められない悩みを抱えています。全ての人・企業の不安や悩みを解決しないと、海外のように日本にリカレント教育は定着しないでしょう。
また、一旦休職・離職、時短勤務して学び直すという選択肢以外にも、働きながら学びの場を提供する企業もあります。日本でのリカレント教育の充実を待つのもいいですが、働きながら学べるいい環境を探してみるのもいいでしょう。